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神戸地方裁判所 昭和34年(わ)858号 判決 1960年10月18日

被告人 清水一子 外二名

主文

被告人清水一子を懲役壱年に、

同前川繁一を判示第一の事実につき懲役六月、判示第二の事実につき懲役壱年に、

同浦郷敏郎を懲役壱年六月に、

各処する。

但し、この裁判確定の日から、いずれも参年間右各刑の執行を猶予する。

押収してあるスイス製腕時計「エニカ」一八〇個は被告人清水一子及び同前川繁一から、スイス製男子用腕時計「エニカ」一個「モーリス」一個、婦人用腕時計三個は、被告人清水一子から、スイス製男子用腕時計「エニカ」二〇個「ハフイス」一個「ナルダン」一個は、被告人浦郷敏郎から、それぞれこれを没収する。

被告人前川繁一から金四二万円、同浦郷敏郎から金八三万一六〇〇円をそれぞれ追徴する。

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人前川繁一は、昭和三二年一二月二五日頃から同三三年二月二〇日頃までの間、神戸市葺合区若菜通六丁目九番地の八の自宅に外国製腕時計(「セリタ」ほか)一〇〇個を、これらが不正に関税を免れた貨物であることを知りながら所持保管し、

第二、被告人清水一子及び同前川繁一は共謀のうえ、昭和三四年八月一日、神戸市葺合区雲井通二丁目一番地、被告人清水一子方において、被告人浦郷敏郎から、不正の行為により関税を免れて輸入したスイス製腕時計「エニカ」一八〇個(課税価格合計三九万六、〇〇〇円、関税合計一一万八、八〇〇円)を、その密輸入品であることの情を知りながら金六三万九、〇〇〇円で買受けもつて有償で取得し、

第三、被告人清水一子は、昭和三四年八月一日、神戸市葺合区雲井通二丁目一番地の自宅において、不正の行為により関税を免れて密輸入されたものであるを知りながらスイス製男子用腕時計二個、同婦人用腕時計三個(課税価格合計九、二〇〇円、関税合計一、七六〇円)を保管し、

第四、被告人浦郷敏郎は、

(一)  昭和三四年八月一日、神戸市葦合区旭通四丁目一番地の七「凡」喫茶店において、金丸某から不正の行為により関税を脱れて輸入したスイス製腕時計「エニカ」一八〇個(課税価格合計三九万六、〇〇〇円、関税合計一一万八、八〇〇円を受取り、その密輸入品であることの情を知りながら右同所より前記被告人清水一子方まで関税逋脱にかかる貨物を運搬し、

(二)  昭和三十五年九月二日午前一〇時頃、前同所において、前同人から不正の行為により関税を免れて密輸入したスイス製男子用腕時計「エニカ」二一個、「ナルダン」一個、計二二個(課税価格合計五五、七〇〇円、関税合計一六、七一〇円相当)を、その密輸入品であることの情を知りながら金八五、五〇〇円で買受け、もつて有償で取得し、

たものである。

(証拠の標目)(略)

(被告人前川繁一に対する確定裁判)

被告人前川繁一は、昭和三四年七月九日、灘簡易裁判所において関税法違反罪により罰金五〇〇〇円に処せられ、右裁判は同年同月三〇日確定したものであつて、右事実は、同被告人の当公廷における供述並びに同被告人に対する前科調書によつて明らかである。

(被告人前川および同浦郷に対する追徴について)

関税法一一八条二項は、同条第一項の規定により没収すべき犯罪貨物等を没収することができない場合において、その没収することができないものの犯行時の価格に相当する金額を犯人から追徴すべきことを規定している。この規定の趣旨は、犯人の利得に着眼し、それがなお犯人の手中にあるとき、犯人からその不正利得額を追徴するとしたに止ると解すべきではなく、いやしくも関税法一一八条一項にあげた犯罪貨物等については、その犯人から利得額の有無、大小を間はず、それを没収し、もし没収できないときは、その価格に相当する金額を追加徴収することとし、もつて同法違反の行為を厳重に取締るとともに、その没収、追徴の厳しいものであることを一般に警告し、同法違反の行為を未然に防止し、併せて国家の関税収入を確保しようとすると解するのが相当である(東京高裁昭和三四年五月四日判決、下級審刑事裁判例集一巻五号一頁以下、最高裁刑事判例集一四巻二号一六八頁参照)。

ところで、右条項の「没収することができない場合」とは、通常、犯罪貨物等が犯人の所持又は所有にないときであつて、犯罪組成物件及び犯罪供用物件とみられるものについては、犯人の意思又は責に基かない事情によつて、その所持又は所有を失つたときは格別、犯人が犯罪貨物等を任意処分してそれを失つたときをいうものと解する(最高裁昭和三三年四月一六日判決、最高裁刑事判例集一二巻六号九二三頁、東京高裁昭和三四年六月四日判決、第一審刑事裁判例集一巻一二号一三頁、判例時報二〇〇号三一頁、大阪高裁昭和二七年三月一日判決、高裁刑事判例集五巻三号三九二頁参照)。なぜなら、右一一八条一項は、関税本犯とともにその賍物犯(同法一一二条)にかかる犯罪貨物等の没収を規定しているのみならず、犯人が、その没収を逸れる意図で犯罪貨物等を任意に処分し転々とする場合、その犯罪貨物を所持又は所有する者だけから没収して足るとすることは、たんに、その所持、所有者に対して苦痛を与えるに止り、賍物犯人にはなんらの痛ようを与えることなく、徒らにその行為を放認するに等しい結果となり、関税法の前示趣旨に副はないと考えられるからである。もつとも、かような考え方に対しては、国家は同一目的物について重ねて利得をし、また没収、追徴の保安処分的性質を逸脱するものであるとの批判が加えられるであろう。なるほど前記見解に従い、本犯からの没収と賍物犯人からの追徴、又はそれぞれからの追徴は常に重複することとなり、没収、追徴制度の本来の意義に照し、その合理性ないし立法上の当否についての疑問に存することはさておき、関税法上の追徴は刑法総則に規定するそれと異り、主刑にさらに附加された懲罰的性質を具有していると解する余地もあるから、国家が重ねて貨物及び懲収金を取得することを目して不当な利得であり、本質を逸脱するというのはあたらない。

なお、被告人前川繁一の判示第一の行為については、これとともに名古屋地方裁判所豊橋支部へ起訴され、同裁判所ですでに審判された他の犯人の一部について言渡された追徴は、以上の当裁判所の見解と異る結論によるものがあり、両者を対比すると衡平を欠く結果となるけれども、前記裁判所が右判決に際し一部の追徴に止めた理由が明らかでないのみならず、その対象となつた行為と、本件で対象とした行為とは事実が全く異るから、この判決の結果は已むを得ない。

(追徴価格の算定方法について)

関税法一一八条二項にいう「その没収することができないもの、又は没収したものの犯罪が行はれた時の価格」とは、その犯罪が行はれた当時における国内卸売価格(関税及び内国消費税込)をいうものと解すべきである。(最高裁第二小法廷、昭和三五年二月二七日決定、最高裁刑事判例集一四巻二号二〇〇頁、)東京高裁昭和三二年九月一〇日判決、高裁刑事判例集一〇巻七号五九三頁)同高裁、昭和三三年一一月二〇日判決、同判例集一一巻一〇号五八〇頁、同高裁昭和三四年四月一〇日判決、同判例集一二巻四号四三三頁参照)そして関税の課税価格は、第一次的には輸入申告に際し提出されたインボイス(仕入書)等によりその記載(いわゆるC・I・F価格)が真実と認められるときは、それにより第二次的には、その書類の提出のないとき又はその記載が真実と認められないとき或いはこれらの書類により難い事由があると認められる場合には、同種又は類似の貨物について最近課せられた課税価格を基礎にして事情の差異を勘案し、合理的に必要と認められる調整を加えて決定し、第三次的には、以上の方法で決定できないときは、同種又は類似の貨物の本邦卸売価格から関税その他の課徴金及び輸入港から卸売市場に至るまでの通常の費用(運賃、保険料、保管料、適正利潤等を意味する)を控除した額に当該貨物の性質等の差異による価格の相違を勘案し、合理的に必要と認められる調整を加えた額を課税価格とする(関税定率法四条一項ないし五項参照)。物品税もこの方法によつて算出された基準価格からその課税価格を算出するのが相当である。

ところで本件がいずれも、右第一、二次的方法により得ないことは勿論であるから第三次的方法により算出した課税価格(以下輸入原価という)を基準とし、つぎの算式にしたがい、いわゆる国内卸売価格を算定するのが相当であると解する。

a  輸入原価格 一〇〇

b  関税 三〇(関税法三条、関税定率法三条 別表一六〇一の二号に定めるもの)

c  物品税 一三(物品税法一条五〇号、二条に定める物品税として10/100、輸入原価格に対し12/100とある)

d  特別輸入利益 三五〔特定物資輸入臨時措置法(昭和三一年六月四日法律一二七号、昭和三十四年五月一五日法律一六六号により改正、昭和三一年六月五日から六年を経過した日に効力を失う)第二条。特定物資輸入臨時措置法施行令(昭和三一年六月四日政令一七〇号、同年同月五日施行、、同三二年六月六日政令一三七号、同三五年六月二三日政令一七五号改正)一条三号に定める国庫に納入すべき特別利益。(但し、第二次改正は、右法条に関係なし)その特別輸入利益は、外貨資金割当基準一三号(通産省、三二通局三六六号)無公表品目機械類中、腕時計(ムーブメントおよびパーツセツトを含む)の外貨割当基準について、その二(昭和三二年二月一三日、通産省通商局輸入二課通達)により、少くとも輸入関税課税価格の三五パーセントである。〕

e  輸入業者の利潤、諸経費一八(右aないしdに乗算したもの、すなはち、(a+b+c+d×18/100)は三二、〇四となる。この一八パーセントは、併合前の名古屋地方裁判所豊橋支部昭和三三年(わ)第八一ないし八五号関税法違反事件第一一回公判調書中証人磯村甲の証言記載(同記録一二八九頁以下)によつて明らかであるのみならず、これを二〇%程度まで認めてよいことは公知の事実であるが、一応、右証言記載にしたがい低率のものを基準とした)

〔算式〕

(a)100+(b)30+(c)13+(d)35+(e)32.04=210,04

以上によつて明らかなとおり国内卸売価格は、輸入原価を一〇〇とすればその二一〇(小数切捨)が最低のものとしなければならない。〕

判示第一および第四、(一)の時計が没収することができないものにあたることは、さきに判示したとおりであり、判示第一の外国製時計一〇〇個の各輸入原価は、大蔵技官井戸田逸男作成の「犯則物件鑑定書」と題する書面によれば、合計二〇万円であるからこれに前記算式に基き、算定した価格合計金四二万円が被告人前川繁一から、また判示第四(一)のスイス製腕時計「エニカ」一八〇個の各輸入原価は大蔵技官前田信雄作成の前同様書面によれば合計三九万六〇〇〇円であるから、前同様に算定した価格合計金八三万一六〇〇円が被告人浦郷敏郎から、それぞれ追徴すべき金額となる。

(法令の適用)

被告人前川繁一の判示第一、同清水一子及び同前川繁一の判示第二、同清水一子の判示第三、同浦郷の判示第四の各行為は、いずれも関税法一一二条一項(なお被告人清水一子及び同前川繁一の判示第二の行為については刑法六〇条)、一一〇条一項、罰金等臨時措置法二条一項に該当するが、所定刑中懲役刑を選択し、被告人前川繁一の判示第一の罪と前示前科にかかる犯罪とは刑法四五条後段の併合罪であるから同法五〇条に則りまだ裁判を経ない判示第一の罪につき、さらに裁判すべく、被告人清水一子の判示第二、第三、同浦郷敏郎の判示第四の各犯罪は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条に従い被告人清水については犯情重いと認める判示第二の罪の刑に、被告人浦郷については犯情重いと認める判示第四の(二)の罪の刑に、それぞれ法定の加重をしたうえ、被告人らを主文第一項の刑に各処し、犯罪の情状いずれも刑の執行猶予するのを相当と認めるので、同法二五条一項一号を適用し、主文第二項のとおり、右各刑の執行を猶予し、押収してある主文第三項掲記の物件は、前示各犯罪に係る貨物であつて、犯人以外の者の所有に属しないから関税法一一八条一項により、主文第三項のとおり没収し、前説示の理由により同法一一八条二項を適用し主文第四項のとおり、それぞれ追徴する。

(裁判官 田原潔)

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